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mariaさま
また、難しき質問をお与えになります。^^
心の貧しきもの 神とわたしとの間において霊的にそして対話的に距離あるいはその生 活において神の御心を取り入れないことを自覚している人を心貧しき
ものと表現され、そしてそのことを自覚しているものこそが神の御手 の中にいている。
イエス様は低き人を救い上げてくださいます。
現実の世界の裕福や権力やそんなものはその場限りの心の増長であ り、そのことより、今のわたしが世間という世界より、神とわたしの
あり方を知っているそしてそのことをその視線で生きていることこ そ、幸いなのです。
まあ、わたしはあまりよく理解していませんが、仏教においても親鸞の有名な悪人正機のことばに、悪人もまた、この心貧しきものという精神に合致しているものと私は思っていますが。
心の貧しきもの 霊の貧しきもの 自分が善人のように幸あることができないあるいは善人のように形だけ振舞うことができない私。いろんな範疇はありましょうが。
ここにかいては、イエス・神とわたしとの本当の関わりあう今のことにおいて、
心の貧しきもの というのがいかにわたしにとってあるのかどうか問われているのでしょう。
http://www.hi-ho.ne.jp/shizuo_shimoyam/
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